共感力というものにピンときません
マナブン「コミュニケーションでしばしばすれ違いが起きたり、衝突したりすることがあります。共感力を高めた方がいいとアドバイスをいただいたのですが、ピンときません。共感とはなんですか?」
共感力は、簡単にいえば、相手の立場になったと仮定してどのような感情や考えが浮かび上がるかを想像する力ですね。仮説や推論の力ともいえるかもしれません。相手の感情や考えを仮定しながら自分の言動を調整したほうがいい、というアドバイスだったのだと思います。相手の気持ちや立場を尊重し、共感を示すことで、コミュニケーションがスムーズに進みます。
マナブン「共感を示さなければ、コミュニケーションを取るのは難しいのでしょうか?」
いいえ。ここでお伝えしたいのは、「共感」と「共感を示すこと」はまったく違うという点です。相手に共感できなくても、コミュニケーションは成立します。共感を示すということは、相手と同じ気持ちになるということではなく、相手の主張を受け入れるということなのです。
感情や気持ちだけを受け入れる
例えば、あなたのご友人が「頭にヘビが巻き付いていて頭痛がする」と訴えてきたとします。しかし、あなたの目にはヘビなんか見えません。あなたなら何と言いますか?
マナブン「『ヘビなんかいないよ。そんなわけないだろ』と言います。」
ええ、あなたの言い分は正しいですね。しかし、かなりざっくばらんな否定の仕方でもあります。改めて聞きますが、あなたが否定したのは「ヘビがいない」という事実ですか?それとも、「頭痛がする」という主張ですか?
マナブン「それは……ああ、おっしゃりたいことが分かってきました。ヘビはいないと言いたかったんです。頭痛については真偽が分かりません。」
そのとおりです。あなたはヘビがいないという明らかな事実を突きつけたくなったかもしれませんが、友人が本当に訴えたいのはヘビの存在ではありません。「ヘビはいない」とだけ言ってしまうと、相手は決めつけで自分の痛みまでまるごと否定されたような気分になるでしょう。
例えばあなたが、頭を細い何かで縛り付けられているような頭痛がしていて、「何かに締め付けられているみたいに痛い」と訴えたとき、「君の頭には何も絡まってないよ」と返されたら、「そういうことじゃない」と感じるはずです。それとまったく同じ状況ですね。
もし友人の助けになりたいのであれば、頭痛だけに共感を示すだけでも、相手の態度は軟化するはずです。相手と見ているものが違っていても、相手の気持ちを慮ることはできます。たとえ相手の主張に同意できなくても、相手の気持ちには寄り添ってあげられるという点を忘れなければ、きっとコミュニケーションはうまくいきますよ。